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ルイヴィトンアズールネヴァーフル編集

「長やんは浪人海軍をつくると意気込んでおった」 「そうじゃ。浪人者は攘夷に凝り固まった者が多い。だがアメリカを見てきた勝先生の開国論を聞いて、攘夷を捨てて世界に目を開く浪人者も多くなった。そういう者を集めて浪人海軍をつくるのがわしらの夢じゃ」  龍馬によれば神戸海軍操練所は、幕府が予算を補助する半官半民になるために、築地の軍艦操練所から数名の教授方が出向くことになっていた。だが神戸海軍操練所の実情は、脱藩浪人の入門が許されているために、幕閣からの反発が強く、神戸海軍操練所へ派遣される教授方は、形式的なものになるだろうといった。 「それで勝先生の海軍塾にはどれほど集まったんじゃ」 「西国の諸藩から続々と人が集まり、浪人者を入れると二百人ほどになった」 「ほう。勝海軍塾も人気が出てきたのう」 「勝先生の大開国論のおかげで、攘夷が日本刀でできぬことが、諸藩にもわかってきたということじゃ。とにかくこれからは軍艦が動かせねばどうにもならん。だが勝海軍塾というてもいまは名前ばかりじゃ。肝心の軍艦もなければ、船を動かす人もおらぬ。すべてはこれからじゃ」  龍馬はそれだけいうと、忙しそうに江戸の定宿《じようやど》にしている京橋|桶町《おけまち》の千葉道場に帰っていった。      三  九月初旬に高次率いる一番丸は、万次郎と廉蔵に見送られて築地沖から出帆した。  海は土用波の大うねりが、初秋の太陽の燦きを照り返し、空に薄いすじ雲が風に流れている。二本マストの一番丸は、大うねりを切り分けて快走する。  高次の胸には、この捕鯨をかならず成功させたい決意が強かった。鯨を仕留めて鯨油を採り、帰り船に馬鈴薯《ばれいしよ》を山と積んでくる。その稼ぎを元に新造の捕鯨船を造り、塩飽衆が力を合わせて世界の海に乗り出していく。それは高次には楽しい夢だった。  そのために洋式帆船を操れる塩飽衆を、一人でも多く育てねばならない。高次は北上する航海中に、逆風に向かって走れる洋式帆船の仕組みを、新入りの四郎に教えながら実際に帆の調整をさせた。 「ええか四郎。風を後ろからうけて進む千石船の一枚帆と違って、洋式帆船が逆風を間切って走れるのは、前からの風を、後ろに流せる縦帆《たてほ》があるからじゃ。まず縦帆の操《あつか》いを覚えよ」  逆風をうまく流して進める洋式帆船の縦帆は、帆の表と裏の風圧の差[#「風圧の差」に傍点]により、前方向への揚力が発生して前進できる。はやく一人前の船乗りになりたい四郎は、炊《かしき》仕事を終えると寝るまも惜しんで洋式帆船の縦帆の操いを覚えた。もの心ついたときから海に出ていた四郎は、北上する航海中に、縦帆の操いがみるみる上達した。  順調な航海がつづいた五日後に、箱館の遠眺が見られるほど速い船足を得たが、一番丸の古い船体は大うねりに軋《きし》みを上げ、マストの支《ステ》え索《イ》が伸び切っていた。
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